10/8、上野文化会館、15:00
開演10分前に幕が開き、
鏡の前で、20名ほど、ストレッチなどをしている。
そのうち、開演時間。
舞台裏から始まる展開なので、こういう演出なんだなぁ、 とは思っていた。
開演時間を過ぎてさらに10分間は、 舞台上のピアノで、
エーデルワイス、アイガットリズム、ムーンリバーなどの曲に合わせて、皆が踊っていた。
ダンスのリハーサルというイメージ。
チューニングが終わっていたので、 いつ始まるか・・と思っていたら、
開演前の演出のまま、さあ始めましょう・・と、いきなり音楽が始まる。
拍手もなしに始まり、ちょっと面食らう。
客電が落ちないのが、気になる。
作曲家とのやりとり近くまで進んで、ちょっと客席が暗くなる。
舞台袖までたっぷりと使った演出。
執事がご主人の重要な変更を告げる場面、
客電あがり、客席後ろから執事一団登場。
な~るほど、客席と一体化しているわけだ、
このご主人、風貌がマフィアの親分だな。
あとは一気にプロローグ終わりまで。
プロローグ終了時、ここで拍手していいのかなぁ、と、聴衆もとまどってる感じがする。
で、幕前にとりのこされた作曲家役が、客席まで降りてきたりして、聴衆の拍手をあびる。
実はこれ、オペラの終幕に通じる演技だったんですねぇ。
休憩なしで、オペラ部分へ突入。
開始時の美しい音色に酔う。
大道具といえば、序幕で使っていた鏡、本幕はアップライトのピアノが数台くらい。
人の動きの演出面では、脱いだり着たりが多い。
なぜ脱ぐのか、着るのかは、あまりよくわからない。
開幕直前に悲劇と喜劇を融合させる指示が出たのだから、
舞台上も混乱しているはず・・・、そんな意図にも捉えられるか?
オペラチームと即興劇チームのどちらも黒づくめ。
歌うときに、あ~、ここにいるのね、っていう感じ。
極め付きは、ツェルビネッタのロンドにかかる場面。
男性陣、一気に脱ぐ。
ムキムキの体を競うような演技、 ツェルビネッタを抱えて、舞台上を回る・・
こりゃ唖然としますわ。知ってはいたが。
ロンド終了時のブーイングの気持ちは、わからなくもない。
どうも、音楽に浸れない。演出の方に気をとられて。
なにしろ、一番の聴かせどころなんだから。
終わってからじっくり考えてみたが、
即興劇チームとの対比で考えると、笑わせてなんぼのチームの演技は、あそこまで必要なのだろう。
ついている音楽は楽しげだが、きれいな音楽なので、はじけた感じではない。
演出は、音楽の枠を越えたかも。
テキストを読むと、確かにそういう歌詞なんだなぁ。
ハルレキンはじめとする四人組みだけでは、あの歌詞の再現はできない。
歌詞の内容に合わせた男性陣の動きであった。
コケティッシュなツェルビネッタ役を、えげつなく描くと、まさに舞台の通りなのである。
単なるかわいいお嬢ちゃんではない。
バッカス登場からは、特に大きな動きはないが、
二人きりの場面なのに、この大勢の同じ動きは何?
音楽の盛り上がりにはふさわしい人数なのではあるが・・
舞台が二人になってからは、じっくり音楽に浸れる。
シュトラウスの音楽は素晴らしいなぁ、
ケント・ナガノの棒も熱が入ってきたような・・
後ろから照らされる白い光の中で、歌う二人。
白と黒、最後にバックがドーンと動く、 音楽の盛り上がりに合わせたように。
ぐっと引き込まれる。やられた~。
全ての歌が終わって、いったん、幕が閉じられる、
ドドドーっと音楽に浸ることができた、心憎い演出に 涙にじむ。
最後にすーっと、幕が空くと、作曲家がポツンと。
そうだったんだよなぁ、オペラと即興劇の融合、
これがうまくいったがどうかの評価がされないと。
大成功だったよ。
それはリヒャルト・シュトラウスの音楽なんだけど、
この演出で、この芝居が大成功に終わったことが認識される。
作曲家が拍手をあびる。聴衆もそれに加わる。
舞台上で、拍手を受けている間、
執事から、音楽教師と、舞踏教師の二つのチームに、 ご祝儀袋が・・・、
あ~、まだ演技続いてるよ、 憎いねえ。
カーセンの演出、
細部では好き嫌いがあるかもしれないが、
トータルでは、かなりいいと、私は支持。
「ナクソス島のアリアドネ」っていう芝居が、 さらによくよくわかった・・という気がする。
伝統的な演出では、こういう面は見えなかったな、きっと。
今回はどうしようかなと思ったが、二度観るべきであった。
ベームの舞台から30年以上たっているから、次にこのオペラを観ることができるのは、
何年後だろうか。
ますます、好きになる。
「ナクソス島のアリアドネ」は、私にとってはランクづけができない別格な作品です。